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金山蔵だより#26

日本を近代化に導いた幕末の薩摩の先進性

薩摩の近代化のキーマン、島津斉彬が目指したものとは?

2015/02/02

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1868年の明治維新からもうすぐ150年。鹿児島では150周年に向けてカウントダウン事業が盛り上がっています。『篤姫』など大河ドラマにも取り上げられ、ファンも多い幕末の薩摩藩。当時の薩摩藩は、鎖国下にありながらいち早く西洋の最新技術を導入し、すでに近代産業が発達していたのです。その立役者となったのが、下級武士出身の西郷隆盛や大久保利通を発掘したことでも知られる島津氏27代当主『島津斉彬』です。


「薩摩」だけでなく「日本」を豊かに。

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『島津斉彬』は、曾祖父で25代当主の重豪(しげひで)の影響を強く受けて育ちました。蘭学の知識に長けた重豪の手ほどきを受け、欧米列強の高い技術力を知った斉彬は、藩主に就任すると欧米列強と対抗するために「富国強兵」「殖産興業」を推進します。その主軸となったのが紡績や製鉄、ガラス、ガス灯の製造などの集成館事業です。どれも当時の日本には存在しない産業ばかり。そのスケールの大きさに驚かされますよね。

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斉彬は日本を豊かにするには外国と対等に交易する必要があると考えていました。そのため、当時長崎から輸入されていたヨーロッパ製のガラス器をヒントに、日本人特有の繊細な技術と高い芸術性を加えた「薩摩切子」や、外国人が好む色鮮やかな絵付けを施した「薩摩焼き」を製造し、輸出したのです。1867年のパリ万博では、幕府とは別に出展し、出品した「薩摩焼き」はヨーロッパで大人気になりました。

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斉彬亡き後、集成館事業は縮小されますが、29代当主、忠義はその意義を痛感し、再建を図ります。1867年に日本初の「洋式紡績工場」を築造し、紡績の技術指導を受けるために英国から技師を招きました。彼らのために建てた宿舎は、今では日本の初期西洋建築物として貴重な遺物です。斉彬に端を発する近代化の動き。薩摩だけではなく日本のために近代化に取り組んだというところに、斉彬の先進性が感じられます。


■Information

尚古集成館(しょうこしゅうせいかん)

鹿児島県鹿児島市吉野町9698-1

TEL:099-247-1511

入館時間:8:30~17:30

定休日:無

URL:http://www.shuseikan.jp/

 

異人館(旧鹿児島紡績所技師館)

鹿児島県鹿児島市吉野町9685-15

TEL:099-247-3401

入館時間:8:30~17:30

定休日:無

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