スペシャルインタビュー父・河島英五から継いだ、「人のために」という想い。

「酒と泪と男と女」「時代おくれ」――
今も歌い継がれる名曲の数々を遺した歌手・河島英五。
ライブの打ち上げでも晩酌でも、傍らにはいつも「隠し蔵」があったという。

「河島英五が惚れ込んでくれている」。
濵田酒造まで届いたその噂をきっかけに、
名曲「旅的途上」は「隠し蔵」のイメージソングとなった。

絆は、世代を超える。
「隠し蔵」への愛とともに、
息子・河島翔馬さんが受け継いだものとは。
ここは、河島家が経営していた
「トラットリア ほうぜんじ」のあった法善寺横丁。
父への想いが、
グラスの氷とともにゆっくり溶け出していく。

お客様に「これ知ってるか?」と
「隠し蔵」を振る舞っていました。

父はライブの打ち上げでよく「隠し蔵」を飲んでいました。経営していたライブハウスでも、お客様に振る舞っていたのを今も覚えています。「これ知ってるか? ウイスキーと同じ、樽貯蔵された蒸留酒やねん」と言いながら。変わった楽しみ方としては、かき氷にかけるというのも好きでしたね。甘党でもあったので、かき氷にあんこと「隠し蔵」をかけて食べていました。僕らが経営する「TEN.TEN.CAFE※」でも、「酒と泪と男と氷ぜんざい」という名前で提供しています(笑)。

「野風僧」という曲で「お前が二十歳になったら酒場で…」と歌っていた父ですが、僕が成人する前に亡くなってしまったので、酒を酌み交わすことはありませんでした。成人してから「隠し蔵」をロックで飲んでみたのですが、お酒自体飲み慣れていなかったのでキツかったですね(笑)。でも、父がいつも「おいしい」と飲んでいたので、そのうち味がわかるのかなと思いました。あれから18年が経ち、今ではとてもおいしく飲んでいます。ファンの方も「隠し蔵」との関係をよく知ってくれているので、ライブなどでもよく差し入れていただきます。僕にとっては、焼酎に限らず「お酒=隠し蔵」と言ってもいいぐらい思い入れの強いお酒です。

※「TEN.TEN.CAFE」 奈良・東大寺そばにある河島ファミリーが経営するカフェ。河島英五の絵や愛用の品々が多数展示されており、国内外からファンが訪れる。素材にこだわったワッフルも人気。

かつて「トラットリア ほうぜんじ」で飾られていた、河島英五の手彫り木札。店が火事で消失した際も燃えずに残っており、近頃思い出の品として濵田酒造に寄贈された。

もしも酌み交わすことができたなら
語り合うのは、やっぱり「夢」。

「隠し蔵」を飲むと、やはり父のことを思い出しますね。若い頃と違って、最近はひとりでゆっくり飲むことも増えたのですが、そんなときふと「父と飲みながら話したいな」と思ったりします。……どんな話をするでしょうね。「野風僧」でも「夢を持て」と歌っていますし、やっぱり夢の話かな。父も何かやりたがるでしょうね。「何か一緒にデカいことやろか」と言い出しそうな気がします。昔、「翔馬はいろんなことができるから、映画監督なんか合うんじゃないか」と言われたことがあります。たしかに今思えば、仲間を集めてイベントや店舗をプロデュースすることが向いていると感じますね。ライブでほとんど家にいなかったけれど、よく見てくれていたんだなと感じます。もしも「一緒にデカいこと」をやるなら、父が歌う大きなライブイベントをプロデュースしてみたかったですね。

言葉が通じなくても酒があれば、
いつの間にか長年の友のように。

父は、年間200件以上ライブで全国を回っていて、海外に行くことも多かったですね。父が亡くなる2~3年前だったかな。まだ高校生だったのですが、モンゴルでのライブについて行ったことがあります。日本大使館での歓迎パーティーがあったのですが、父のハープで僕が歌うことになり、とても恥ずかしかったのをよく覚えています。でも一緒に音楽をできたからか、父はうれしそうでしたね。ライブ後には現地の人たちとお酒を飲んで、言葉も通じないのに、いつの間にか長年の友のように仲良くなっていました。不思議ですよね。つくづく、お酒は「魔法の飲みもの」だと感じます。

旅人だった父。
きっと今も、どこかで歌を。

僕の中では、父はずっと「旅人」というイメージです。「TEN.TEN.CAFE」にも飾ってある父の「ラクダに乗った旅人」の壁画は、父がサインを求められたときにもよく描いていた絵です。父にとって家は、もちろん帰る場所なんでしょうけれど、しばらくしたらまた旅に出たくなってしまうんでしょうね。家で過ごすのは、月に1~2日あるかどうか。「呼んでくれる人がいるなら、どこへでも歌いに行く」というスタンスでしたが、もしかしたら旅に出ることも目的だったのかもしれません(笑)。そのせいかな、今も旅の途上のような、どこかで歌っているような気がするんです。今日もこの法善寺横丁のどこかにいるんじゃないか、って。

「旅とライブ」は、僕にとっても重要なテーマですね。20代の頃、父の供養にと四国八十八ヶ所の奉納演奏の旅をしていた時、あるお坊さんから「四国で何かコンサートをしないか」と言われ、四国で八十八ヶ所のライブ会場を定めてコンサートを開催しました。また、自転車で全国縦断しながら自然保護を訴えるライブなど、チャリティー活動もいくつか行ってきました。思えば、父にとって志半ばだった阪神淡路大震災の復興ライブを引き継いだことが、その始まりかもしれません。ずっと「人のために何かをやる」ことを続けていた父を、尊敬していましたから。河島英五記念基金などでの寄付活動も含めて、これからも「人のために」取り組み続けていきたいですね。そしていずれは、僕の子どもたちにも受け継いでもらえたらうれしいです。

河島翔馬

1982年生まれ。シンガーソングライター。
2001年、父の遺志を継いで阪神淡路大震災チャリティーコンサート『復興の詩』を企画。2004年には、父の供養としてギターでの奉納演奏をしながら四国霊場八十八ヶ所・別 格霊場二十ヶ所や石鎚山などを踏破。2008年には、『自転車でゆく!全国縦断チャリティーライブ』を始動。精力的なライブ活動を行う。2019年、オリジナル曲「キミに会いたい」が、冠婚葬祭セレマのテレビCMに起用。現在は、奈良・東大寺そばの「TEN.TEN.CAFE」に加え、各種ライブ・イベントなどでもプロデューサーとしての手腕を振るう。

撮影協力

浪速割烹 㐂川 きがわ

創業50余年を迎える法善寺横丁の老舗割烹店。「始末の心」を大切に、旬の食材を余すところなく味わい尽くす名店。2代目の上野修氏は、そこにフレンチの技法を織り交ぜながら、独自の浪速割烹の世界を展開している。