皆さんは、鹿児島県日置市の美山(みやま)と呼ばれる土地にある、400年の歴史を誇る「沈壽官(ちん じゅかん)」という薩摩焼の窯元の名を聞かれたことはありますでしょうか。慶長2年(1597年)、島津家 第十七代太守島津義弘公が、朝鮮に再出陣した一年後、約80名の陶工たちを連れ帰り、そのうち40名余りが鹿児島の串木野に着船しました。慶長8年(1603年)に串木野から伊集院郷苗代川(現在の美山)に移住し、慶長15年(1610年)に初代となる沈当吉が苗代川焼を開窯。その18年後に、当吉は薩摩藩の命を受け、朴平意(ぼくへいい)と共に今日の薩摩焼を創製しました。以来、400年もの間、沈家はその血脈を守り薩摩の歴史と共に生きてきました。
※朴平意:朝鮮王朝の陶工。慶長の役後、島津義弘にしたがって渡来したひとり。
(沈壽官窯 正門前:鹿児島県東市来町美山)
島津家 第二十八代太守 島津斉彬公時代より、藩営焼物所の工長であった十二代沈壽官は、明治6年、ウィーン万博博に大花瓶一対を出品し、外国人の大きな賞賛を博しました。以降、フランス、ロシア、アメリカなどの諸外国に薩摩焼を輸出する道を切り開いていきました。
(十二代 沈壽官)
1999年1月15日、十四代沈壽官存命中に、長男一輝が十五代を襲名し、現在の十五代沈壽官が誕生。「焼物を見るだけではなく、焼物を読み、焼物から聞く」と述べる氏は、実用的なものから装飾的なものまで、多彩な作陶を生み出し続けている名工です。
(十五代 沈壽官)
沈壽官窯から車を走らせること20分弱のところに、当社の「伝兵衛蔵」があります。明治元年創業の焼酎蔵は、150年目を迎えた今もなお、昔ながらの焼酎造りの「伝統」をかたくなに守り続けています。ここで行われているのは、甕仕込み、木桶蒸留、甕貯蔵という、明治時代のスタンダードであった手造り焼酎。当時の技術と情熱を受け継ぎ、一つひとつ丁寧に造り続けています。
(伝兵衛蔵)
当時の焼酎の歴史を体感できるミュージアムや試飲のできる売店もあります。春休みやGWの旅行先を計画中の皆さま。沈壽官や伝兵衛蔵を訪れ、薩摩焼や焼酎の歴史を感じてみませんか。
最後に。今回、「沈壽官窯」について触れさせていただいたもうひとつの理由があります。濵田酒造グループは、昨年7月に創業150周年を迎えました。そして、この大切な節目に「沈壽官窯」とのコラボ記念焼酎を造りました。詳細が決まり次第、ホームページやSNS・蔵だより等でお伝えできればと思っています。時代を超えて薩摩の文化を紡ぎ続ける薩摩焼の窯元「沈壽官窯」と焼酎蔵「伝兵衛蔵」の技の結晶です。続報をお楽しみに。
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