島津家28代当主斉彬は、開国、攘夷、尊皇、佐幕とさまざまな議論で揺れた幕末に、和漢洋才の精神で時代を牽引。近代国家としての日本の礎を築いた薩摩の名君です。斉彬が力を注ぎ、2015年に世界文化遺産に登録されることとなった「集成館事業」は、反射炉や溶鉱炉の建設に始まり、大砲や軍艦造り、紡績、印刷、医薬と多岐に渡りました。ガラス製造もその中のひとつで、藩内外から学者や技術者を集め、瞬く間に日本最高の技術水準に到達。透明ガラスに色ガラスを重ねてカットする「薩摩切子」は、カットガラスの最高傑作です。
集成館事業に咲いた華「薩摩切子」。
ガラスをカットする方法や複雑な文様には、中国やヨーロッパの強い影響があり、色ガラスから透明ガラスへと浮かび上がるグラデーション「ぼかし」には、日本ならではの美意識が感じられる薩摩切子。まさに東西の芸術の粋を結集した美の終着点が、そこに凝縮されています。写真は人気カラー「島津紫」で作成された大花瓶。重なり合う扇が大きく優雅に舞う様子が表現されています。メイン文様は斜め格子に八菊紋と魚々(ななこ)紋をあしらった伝統柄。扇の中心部分には反対側の文様が映り込むように凹面のカットが施され、いくつもの文様が重なり合うさまは、まるで万華鏡のようです。
世界に誇る水準まで瞬く間に登り詰めた薩摩切子でしたが、在位わずか7年で斉彬が急逝するとガラス事業は急速に縮小。とうとう明治初期には、薩摩切子事業は完全に途絶えてしまいました。しかし、多くの人たちの熱意に支えられて、100年以上の歳月を経た1986年に、県の依頼を受けた薩摩藩の末裔・島津興業が集成館の地で復元事業に着手。1989年には県の伝統工芸品の指定を受けるほどに、急速な復活劇を果たしました。
写真左/18世紀以降、オランダ船によってヨーロッパのカットグラスが輸入されると「ギヤマン」と呼ばれ珍重されました。しかし、切子が造られ始めたのはその100年後。切子を造るための厚いガラスを徐々に冷ます、徐冷の技術が生まれてからです。写真右/作業は、目安となる縦横の線を引く「当り」、ダイヤモンドホイールを高速回転させて大まかな文様を加える「荒ずり」、人工研石で更に削りながら細かな文様を入れる「石掛け」、光沢を出す「木盤磨き」、「ブラシ磨き」を経て、磨きの仕上げをする「バフ仕上げ」の工程で進められます。
写真左/光の屈折率や見え方を計算しながら、縦、横、斜めの直線に曲線を加えながら複雑な文様を生み出して行く薩摩切子。細かな文様が決定する「石掛け」の工程は緊張の連続です。写真右/「石掛け」の工程を待ち受ける「荒ずり」が終わった切子たち。この段階ではまだ透明度も低く、むしろ素朴な印象です。
写真左/薩摩切子最大の特徴は「ぼかし」。外側に被せられた色ガラスの生地をカットすると、色と透明の二層のガラスが現れます。上の厚い色ガラスにカットを入れて、色の濃淡を表現していきます。写真右/薩摩切子誕生の地に建てられた磯工芸館。。ここでは江戸末期に製造された薩摩切子の形やカット文様をそのまま復元した商品だけではなく、いくつもの新色や二色被せなどの新しい技術によって誕生した商品も販売。21世紀の薩摩切子と呼ぶにふさわしいカットガラスをお楽しみいただけます。
平成の世に蘇る島津斉彬の夢、集成館事業150年を記念して発売された『本格焼酎 斉彬乃夢』。薩摩切子を現代に復活させた薩摩藩・集成館事業の流れをくむ薩摩ガラス工芸株式会社と、伝兵衛蔵がコラボして生まれたオリジナルの本格焼酎です。吹きガラスに高度な技術を要する新開発の八角形ボトルに、集成館時代を思わせる伝統文様・ボブネイル紋を施し、現代的なデザインを加味して完成しました。焼酎の原点である黄麹仕込みで仕上げ、一滴の水も加えていない芋焼酎の原酒を詰めました。先人たちの熱い愛国の志に酔いながら、年を重ねるごとに深まる味わいをお楽しみください。
Information
薩摩ガラス工芸
鹿児島県鹿児島市吉野町9698-24
TEL: 099-247-2111
工場見学時間:8:30~17:00 工場定休日:月曜・第3日曜日
売店営業時間:8:30~17:30
売店定休日:無休
駐車場:有
http://www.satsumakiriko.co.jp
本格焼酎 斉彬乃夢>詳しくはコチラ
内容量:420ml
度数:37%